挑戦者のアイデア軌跡

『変える必要はない』の声にどう向き合うか:サプライチェーン再構築における抵抗勢力とシステム課題を乗り越えた軌跡

Tags: サプライチェーン, 事業変革, 組織変革, システム刷新, 社内調整

サプライチェーン再構築という名の「組織変革」

グローバル競争の激化や技術進化の加速に伴い、多くの企業がサプライチェーンの最適化・再構築を喫緊の課題としています。しかし、長年培われてきた既存の商習慣、複雑に絡み合った社内外の関係性、そしてシステムの壁は、変革を阻む大きな要因となります。

今回お話を伺ったのは、大手製造業で全社的なサプライチェーン再構築プロジェクトを推進された佐々木氏(仮名)です。プロジェクト発足から実現に至るまで、彼が直面した「変える必要はない」という強い抵抗の声、部門間の軋轢、そしてレガシーシステムという物理的な壁に、いかにして立ち向かい、突破口を見出したのか。その具体的な軌跡を追います。

なぜ、今、サプライチェーンを変える必要があったのか?

佐々木氏がプロジェクトリーダーを任された当時、同社はグローバル展開を進める一方で、国内中心に構築された従来のサプライチェーンに限界を感じ始めていました。

「最大の課題は、リードタイムの長さとコスト構造でした。部品調達から製造、販売に至るまで、個々のプロセスは最適化されているように見えても、全体として見ると無駄が多く、意思決定のスピードも遅かったのです。競合他社がよりアジャイルなサプライチェーンを構築し、市場投入スピードやコスト競争力で優位に立つ状況を目の当たりにし、抜本的な見直しが不可欠だと判断しました。」

経営層も課題認識は共有しており、佐々木氏たちのチームは、デジタル技術を活用した全体最適化を目指し、新しいサプライチェーンモデルの設計に着手しました。目的は、コスト削減だけでなく、市場変化への迅速な対応力強化、リスク分散、そして将来の新しい事業モデルに対応できる柔軟性の獲得です。

立ちはだかった「変える必要はない」という壁

しかし、新しいサプライチェーンモデルの実現に向けた道のりは、想像以上に険しいものでした。まず、社内からの根強い抵抗に直面します。

「最も多かったのは、『なぜ今、このやり方を変える必要があるのか?』という声でした。特に、長年同じ取引先と仕事をしてきた購買部門や、既存の生産・物流プロセスに習熟した現場からは、『今までこれで問題なかった』『新しいやり方を覚えるのは面倒だ』といった意見が多く聞かれました。」

また、各部門がそれぞれのKPIを最適化することに注力しており、サプライチェーン全体を最適化するという視点が共有されにくい状況でした。例えば、購買部門は単価交渉、製造部門は生産効率、営業部門は納期厳守を優先し、全体のリードタイム短縮や在庫最適化といった目標に対して、必ずしもベクトルが一致しないのです。部門間の縄張り意識や、過去の失敗プロジェクトのトラウマも、新しい試みへの警戒心を高める要因となりました。

さらに、具体的な実行フェーズでは、レガシーシステムの壁が立ちはだかります。

「新しいサプライチェーンモデルでは、リアルタイムでの情報共有や需給予測の精度向上が不可欠でしたが、既存の基幹システムは部門ごとに独立しており、データ連携が困難でした。システムを刷新するには莫大なコストと時間がかかり、影響範囲も広範に及ぶため、経営層からも慎重論が出ました。」

これらの社内からの抵抗に加え、既存のサプライヤーとの関係性の問題もありました。長年の取引で築かれた信頼関係は重要な資産ですが、新しいモデルへの移行には、契約内容の見直しや情報共有プロセスの変更が必要となり、一部のサプライヤーからは戸惑いや反発の声も上がりました。

困難克服への軌跡:対話と「小さな成功」の積み重ね

このような多重の壁に対し、佐々木氏のチームは真正面から向き合いました。

「まず徹底したのは、『なぜ変えるのか』という目的と、新しいサプライチェーンがもたらす将来像を、関係者全員と共有することでした。部門ごとの説明会だけでなく、個別の対話にも時間をかけ、彼らの不安や懸念を丁寧に聞き出しました。特に現場の声は重要視し、彼らが感じる日々の非効率さや問題点を、新しいモデルでどのように解決できるかを具体的に伝えました。」

部門間の調整については、全社的な目標としてサプライチェーン最適化を掲げ、各部門のKPIと連動させる試みを行いました。また、ワークショップ形式で各部門の担当者が集まり、現状の課題を洗い出し、新しいプロセスにおけるそれぞれの役割やメリットを議論する場を設けました。

「最初は壁を感じましたが、繰り返し対話し、互いの立場を理解しようと努めるうちに、少しずつですが協力的な姿勢が見られるようになりました。『これは自分たちにとってもメリットがあるかもしれない』と感じてもらうことが重要でした。」

システム課題に対しては、全面刷新ではなく、段階的なアプローチを選択しました。まずは既存システムの上にデータ統合基盤を構築し、リアルタイムに近い情報共有を実現するパイロットプロジェクトを立ち上げたのです。

「大規模なシステム投資はリスクが高いという判断から、まずは小さな範囲で成果を出すことを目指しました。特定の製品群や地域に限定し、新しい情報共有の仕組みを導入しました。これにより、リードタイム短縮や在庫削減といった具体的な成果を早期に示すことができ、懐疑的だった関係者からの信頼を得ることに繋がりました。」

この「小さな成功」は、全社への展開を後押しする大きな推進力となりました。成功事例を示し、効果を数値で示すことで、経営層への説明もしやすくなり、本格的なシステム投資の承認へと繋がっていきました。

既存サプライヤーに対しては、一方的な通達ではなく、プロジェクトの目的と新しいモデルのメリット(例えば、より正確な需要予測に基づく安定的な発注など)を丁寧に説明し、共に新しい関係性を構築していくパートナーとしての協力を求めました。信頼関係をベースにした継続的な対話が、円滑な移行には不可欠でした。

成果とそこから得られた学び

約3年の歳月をかけて、佐々木氏たちが推進したサプライチェーン再構築プロジェクトは、当初の目標を上回る成果を達成しました。全社的なリードタイム短縮、在庫コストの大幅削減に加え、市場変化への対応スピードも向上し、新しいビジネスモデルの迅速な立ち上げにも貢献しています。

この経験から佐々木氏が得た最も重要な学びは、「変革は技術やシステムだけでなく、『人』と『関係性』の課題である」ということでした。

「どんなに優れたアイデアや技術があっても、それを受け入れ、活用するのは現場で働く人々です。彼らの不安や懸念に寄り添い、丁寧に説明し、共に未来を築くという姿勢を示すことが、最も強力な推進力になります。また、社内外の関係者との信頼に基づいた対話こそが、複雑な利害関係を調整し、共通の目標に向かって進むための土台となります。」

軌跡の先に見据えるもの

サプライチェーンの最適化は一度行えば終わりではなく、継続的な改善が必要です。佐々木氏のチームは、今回の変革で得られた知見と、協力的な組織文化を活かし、さらなる高みを目指しています。

変革の道は常に困難を伴いますが、その壁を乗り越えるプロセスそのものが、組織を強くし、新しい可能性を切り拓く原動力となることを、佐々木氏の軌跡は示唆しています。