知財・法務の『待った』をどう乗り越えるか:新規事業を推進した専門部署連携とリスク管理の軌跡
知財・法務の『待った』に立ち向かう:新規事業を軌道に乗せた舞台裏
新規事業開発の道のりでは、技術的な課題や市場の不確実性だけでなく、組織内部に潜む様々な壁に直面します。中でも、大手企業においてしばしば立ちはだかるのが、知財部や法務部といった専門部署からの「待った」という声です。既存事業との兼ね合い、潜在的なリスク、前例のない判断など、彼らの指摘は事業推進のスピードを鈍化させ、時にはプロジェクトの中止さえも示唆します。
今回は、新しい技術を活用したサービス開発プロジェクトを推進する中で、知的財産および法務上の困難に直面し、それを粘り強い対話と戦略的なアプローチで乗り越えた一人の挑戦者の軌跡を辿ります。どのようにして専門部署との連携を築き、リスクを管理しながらアイデアを実現に導いたのでしょうか。
新たなサービスに立ちはだかった「知財」「法務」の壁
彼が推進したのは、特定の先進技術を活用し、従来にはない顧客体験を提供する新規サービス開発プロジェクトでした。市場のニーズは高く、技術的な PoC (概念実証) も成功し、いよいよ事業化に向けてアクセルを踏み込もうという段階に入りました。
しかし、ここで彼らの前に立ちはだかったのが、知的財産部と法務部からの厳しい指摘でした。
知財部からは、「サービスの根幹に関わる技術要素に、他社が保有する特許との抵触リスクが非常に高い」という見解が示されました。詳細なパテントマップを作成し、回避策の検討を求められましたが、安易な設計変更はサービスの優位性を損なう可能性がありました。
一方、法務部からは、新しい顧客データの取り扱い方や、提供形態が既存の法律や社内規程では想定されていない「グレーゾーン」に当たる可能性を指摘されました。「現行ルールでは承認できない」「万が一の場合のリスクが高すぎる」といった意見は、プロジェクトチームを大いに悩ませました。
これらの専門部署からの指摘は、プロジェクトの正当性や実現可能性そのものに疑問符を投げかけるものであり、社内における新規事業への期待感が強い中で、大きな圧力となりました。特に、専門性の高い領域での指摘に対して、事業側だけでは反論や解決策を見出すのが困難でした。
専門部署との「共闘体制」を築くための軌跡
知財部や法務部からの「待った」に対し、プロジェクトチームは当初、反論や説得を試みましたが、彼らが指摘するリスクの大きさを理解するにつれて、単なる抵抗勢力として捉えるのではなく、共に解決策を見出すべきパートナーであると認識を改めました。ここから、困難を乗り越えるための具体的な軌跡が始まりました。
- 早期かつ徹底した情報共有: プロジェクトの初期段階から、アイデアの概要、想定される技術、ビジネスモデル、ターゲット顧客などを専門部署に共有することを徹底しました。彼らの専門的な視点からの懸念やアドバイスを早期に引き出し、リスクを顕在化させることを目指しました。
- 「なぜその指摘が必要か」を理解する努力: 単にリスクを指摘するだけでなく、なぜそれがリスクとなりうるのか、どのような法的根拠や過去の事例に基づいているのかを、根気強く質問し、理解する努力をしました。これにより、事業側の無理解や憶測に基づく対立を防ぎました。
- 共通の目標設定: 専門部署に対し、「この新規事業が成功すれば、会社の収益貢献だけでなく、新しい知財ポートフォリオの構築や、未来の法務リスクへの先行対応につながる」といった、彼らのミッションにも合致する共通の目標やメリットを粘り強く伝えました。「事業を止めること」が目的ではなく、「リスクを管理しながら事業を成功させること」が共通の目指すところである、という認識を共有しました。
- 具体的な代替案の提示と共同での検討: 知財侵害リスクに対しては、弁理士や技術チームと連携し、代替となる技術や設計変更案を複数用意しました。法務リスクに対しては、サービス提供方法の一部変更や、ユーザーへの説明方法の工夫などを提案しました。これらの代替案を専門部署と共に検討し、リスクと事業性のバランスを議論しました。単に問題を投げかけるのではなく、解決策の叩き台を提示することが重要でした。
- 段階的なリスク低減計画の策定: 全てのリスクを一度にゼロにすることは不可能であることを理解し、リスクを顕在化・評価した上で、段階的に低減していく計画を策定しました。例えば、最初は限定的なユーザーでクローズドなβテストを行い、そこで得られた知見を基にサービス設計や法務対応を見直すといったアプローチを取りました。この計画を専門部署と合意形成することで、彼らの懸念を払拭しつつ、事業を前に進める道筋を示しました。
- 経営層への適切なエスカレーションと協力を得る: 専門部署との議論が平行線をたどる場合や、全社的な判断が必要なリスクについては、速やかに経営層に状況を報告し、判断を仰ぎました。その際、単に問題点を報告するだけでなく、リスクを管理しつつ事業を推進する意義や、代替案の選択肢などを明確に提示しました。経営層からの理解と後押しを得ることで、専門部署との連携を強化し、突破口を開くことができました。
困難を乗り越えて得られた学びと示唆
これらの粘り強い取り組みの結果、プロジェクトは知財・法務上の課題をクリアし、無事に新規サービスとしてリリースすることができました。この経験から得られた学びは多岐にわたりますが、特に重要な示唆として以下の点が挙げられます。
第一に、「専門部署からの指摘は、事業を阻むものではなく、リスクを顕在化させ、より強固な事業基盤を構築するための貴重な示唆である」という視点の転換が重要です。彼らの専門知識は、自社のアイデアを守り、将来的なトラブルを避けるための強力な武器となり得ます。
第二に、「早期からの巻き込みと、共通言語での対話努力」が不可欠です。事業側の熱意や専門用語だけでは、彼らの懸念を十分に伝えることはできません。なぜこの事業が必要なのか、どのようなリスクを許容し、どのように管理していくのかを、彼らが理解できる言葉で丁寧に説明し、共に考え抜く姿勢が求められます。
第三に、「リスクはゼロにできないことを認め、マネージ可能なレベルに抑え込む戦略を立てる」ことです。特に新しい領域では、前例がないゆえに不確定要素が多くなります。全ての懸念を払拭するまで待つのではなく、顕在化したリスクを評価し、許容可能なレベルにコントロールするための具体的な計画を策定し、合意を得ることが現実的なアプローチです。
今回の挑戦は、単に新しいサービスを立ち上げただけでなく、社内の知財部や法務部といった専門部署との連携モデルを確立し、将来の新規事業開発における「組織の壁」を乗り越えるための貴重な教訓となりました。困難な状況下でも対話を諦めず、関係者を巻き込みながら粘り強く歩みを進めることの重要性を改めて認識させられる軌跡と言えるでしょう。