挑戦者のアイデア軌跡

『アイデアは良いが...』の壁:社内新規事業制度で、既存部門の抵抗とリソース不足をいかに乗り越えたか

Tags: 社内新規事業, イントラプレナーシップ, 組織文化, リソース確保, 事業開発, イノベーション, 社内調整, 壁の乗り越え

イントラプレナーシップを阻む見えない壁

近年、多くの大手企業が新規事業創出の手段として、社内公募制度やイントラプレナーシッププログラムを導入しています。しかし、制度を立ち上げたものの、 promising なアイデアが事業化に至らず、形骸化してしまうケースも少なくありません。そこには、「アイデアは良いんだけどね...」という曖昧な評価や、既存部門からの抵抗、リソース不足といった、組織特有の壁が立ちはだかることが多いのです。

今回は、大手電機メーカーの新規事業開発部門で、まさにこの「社内新規事業制度の壁」に挑み、困難を乗り越えて複数のアイデアを事業化に結びつけたA氏に、その具体的な軌跡を伺いました。

制度導入の背景と初期の課題

A氏が所属する企業では、数年前から技術シーズの活用と社内活性化を目的に、全社横断の新規事業アイデア公募制度をスタートさせました。多くの応募があり、初期段階では「社内に眠るポテンシャル」に期待が集まったといいます。

しかし、制度が運用されるにつれて、いくつかの課題が顕在化しました。まず、応募されるアイデアの多くが技術先行型で、市場性やビジネスモデルの検討が不十分でした。また、PoC(概念実証)段階に進んでも、その後の事業化判断において、既存事業の評価基準(短期的な売上貢献やリスク回避)が適用され、なかなか「GO」が出ない状況でした。

最も深刻だったのは、採択されたアイデアの推進者(イントラプレナー)が、所属部門から十分な協力やリソースを得られないことでした。

「『アイデアは良いね。頑張って』とは言われるのですが、いざ人員を確保しようとしたり、他部署の持つ技術情報を共有してもらおうとしたりすると、『本業が忙しいから』とか、『そのアイデアが本当に成功するのか分からないから、リソースは出せない』といった反応に直面しました。彼らにとっては、既存事業の維持・拡大が最優先であり、不確実性の高い新規事業への協力は、本業のリソースを割くリスクと映っていたのだと思います」とA氏は当時を振り返ります。

また、新規事業の評価軸が確立されていないため、イントラプレナーが人事評価で不利になることへの懸念や、事業が軌道に乗った場合に既存事業と競合する可能性への警戒心など、様々な要因が既存部門の「非協力」につながっていたのです。結果として、多くのアイデアがPoC段階で立ち消えとなり、制度自体が「アイデアコンテストで終わってしまう」という批判も社内から聞かれるようになりました。

困難克服への戦略と具体的なアクション

この状況を打開するため、A氏らは多角的なアプローチを開始しました。

まず、制度そのものの見直しに着手しました。アイデアの「質」を高めるため、応募段階から事業計画策定の専門家や外部メンターをアサインする仕組みを導入しました。また、PoCの評価基準を新規事業向けに再定義し、不確実性の中でも可能性を見出す視点を加えるよう、評価に関わる役員や部門長と粘り強く対話を重ねました。

次に、既存部門の抵抗という最大の壁に挑みました。単に協力を要請するだけでなく、既存部門にとって新規事業がどのようなメリットをもたらしうるのかを具体的に提示することを心がけたといいます。

「例えば、新規事業で得られる顧客データや技術知見が、既存事業の改善や新しい顧客層の開拓に繋がる可能性を示唆したり、事業が成功した場合の収益の一部を協力部門に還元する仕組みを検討したりしました。形式的な説明会ではなく、関係する部門のキーパーソン一人ひとりと向き合い、彼らの懸念や期待を丁寧に聞き出し、対話を通じて共通理解を築くことに最も時間をかけました。」

また、特定プロジェクトにおいては、経営層から「この新規事業は全社戦略上重要であるため、関係部署は最大限協力すること」というメッセージを出してもらうことで、協力を得るための追い風としたケースもありました。ただし、これはあくまで最終手段であり、基本的には現場レベルでの納得と協力を得ることを重視したとのことです。

リソース不足に対しては、社内だけでなく外部リソースの活用を積極的に進めました。スタートアップ企業や大学との共同研究、外部委託、クラウドファンディングによる資金調達など、従来の社内プロセスに囚われない方法を模索しました。特に、外部との連携は、社内だけでは得られないスピード感や専門知識をもたらすだけでなく、外部からの評価を得ることが社内への説得材料になるという副次的な効果もあったといいます。

さらに、イントラプレナーが孤立しないよう、部門横断のコミュニティを形成し、情報交換や相談ができる場を設けました。他のイントラプレナーや新規事業経験者との交流は、精神的な支えとなるだけでなく、具体的な課題解決のヒントにもなったそうです。

成果とそこから得られた学び

これらの努力の結果、社内新規事業制度から生まれるアイデアの質は徐々に向上し、PoCを乗り越えて事業化に進むプロジェクト数も増加しました。既存部門との連携も以前に比べ円滑になり、新規事業チームが持つ知見やアプローチが既存事業の改善に活かされるといった、組織内のポジティブな相互作用も生まれ始めています。

A氏は、この経験から最も重要な学びとして、以下の3点を挙げます。

  1. 「制度」以上に「組織文化」への働きかけが不可欠であること: 新規事業推進は、単に制度を導入するだけでなく、既存事業を支える組織文化や評価システムそのものにメスを入れ、変革を促す地道な活動である。
  2. 関係者との「対話」と「信頼構築」が壁を乗り越える鍵であること: 抵抗勢力と見なすのではなく、彼らの立場や懸念を理解し、新規事業がもたらす可能性を根気強く、彼らが受け入れやすい形で伝え続けること。一方的な説明ではなく、双方向の対話を通じて信頼関係を築くことが、協力獲得の唯一の方法である。
  3. 「成功事例」の持つ力: 一つでも小さな成功事例を生み出し、それを社内外に発信することが、次なる挑戦者への勇気となり、組織全体の新規事業への期待値を高める最も効果的な手段となる。

まとめ

社内新規事業制度を機能させ、イントラプレナーシップを組織に根付かせる道のりは、決して平坦ではありません。特に、既存部門の抵抗やリソースの壁は、多くの事業開発担当者が直面する現実的な課題です。しかし、A氏らの軌跡は、これらの困難に対して、制度の柔軟な見直し、関係者との粘り強い対話、外部リソースの戦略的活用、そして何よりも小さな成功を積み重ねることで、着実に状況を打開できることを示しています。組織の中で新しいアイデアを実現するためには、論理的な事業計画だけでなく、人間の感情や組織の力学を理解し、柔軟かつ粘り強くアプローチしていく姿勢が不可欠であると言えるでしょう。