『情報がないから判断できない』の壁:組織の情報サイロを打ち破り、部門横断プロジェクトを加速させた軌跡
組織に潜む『情報がないから判断できない』の壁
新規事業やイノベーションの推進において、情報は生命線です。しかし、特に規模の大きな組織では、情報が特定の部門や個人に留まり、必要な場所に必要なタイミングで届かない「情報サイロ」の課題に直面することが少なくありません。この情報サイロは、部門横断での協業を阻害し、意思決定の遅延や手戻りを引き起こし、せっかくのアイデアの実現を頓挫させる大きな壁となります。
今回は、こうした組織内の情報サイロと意思決定の遅さに苦労しながらも、粘り強い働きかけによって壁を打ち破り、部門横断プロジェクトを成功に導いた挑戦者の軌跡をたどります。
プロジェクトの背景:情報連携の不備が招いた機会損失
インタビュー対象者は、複数の事業部が連携して提供する新しい顧客体験サービスの開発プロジェクトを推進していました。このサービスは、顧客データを活用し、各事業部が持つ知見を組み合わせることで、競合にはない付加価値を生み出すことを目指していました。
しかし、プロジェクト開始当初から、情報の壁に直面します。例えば、A事業部が持つ顧客の行動データに関する知見がB事業部に適切に共有されず、B事業部が開発する機能が顧客ニーズとずれてしまう。あるいは、マーケティング部門が実施したキャンペーンの効果測定データが製品開発部門にフィードバックされず、改善の機会を逃すといった事態が頻繁に発生していました。
プロジェクトリーダーとして、彼は意思決定の場で各担当者から「その情報がまだ来ていないので判断できません」「〇〇部門に確認しないと分かりません」といった言葉を聞くたび、組織に深く根差した情報サイロの問題を痛感したと言います。これにより、必要な情報収集と確認に時間を要し、意思決定が遅延し、プロジェクト全体の進行が滞る悪循環に陥っていたのです。
直面した具体的な困難:見えない壁と変化への抵抗
このプロジェクト推進において、彼が直面した困難は多岐にわたります。
まず、「情報の非共有」が組織文化として根付いている点でした。部門ごとに独自のデータ管理ツールやコミュニケーションツールを使用しており、システム的な分断がある上に、「自分の部署で得た情報は自分たちのもの」という意識が強く、積極的に他部署と共有しようという文化が希薄でした。
次に、意思決定プロセスの不透明さです。誰が、どのような情報に基づいて、いつまでに決定するのかが明確でないため、懸案事項が各部署で滞留しがちでした。また、意思決定に必要な情報が揃わないまま会議が進み、結局結論が出ないということも少なくありませんでした。
さらに、こうした状況を変えることへの抵抗勢力も存在しました。「今のやり方で大きな問題はない」「情報共有を増やすと業務が増える」「情報を外に出すのはリスクが高い」といった声が上がり、現状維持を望む層の説得は容易ではありませんでした。特に、過去に情報共有の試みが失敗に終わった経験がある部署からは、「どうせうまくいかないだろう」という諦めの声も聞かれました。
困難克服への道のり:地道な対話と「共通言語」の構築
こうした壁を乗り越えるため、彼は複数のアプローチを粘り強く実行しました。
まず取り組んだのは、課題の「共通認識」を醸成することでした。単に「情報共有ができていない」と指摘するのではなく、情報サイロによって具体的にどのような機会損失が発生し、プロジェクトの遅延がビジネス全体にどのような影響を与えているのかを、具体的な事例を挙げて各部門のリーダーや担当者に伝え歩きました。プロジェクトの目的達成が、各部門にとってもメリットとなる点を丁寧に説明し、自分事として捉えてもらうための地道な対話が不可欠でした。
次に、「共通言語と仕組み」の構築に着手しました。異なる部門間での情報共有を円滑にするために、まずはプロジェクト専用の共通情報共有プラットフォームを導入しました。重要なのはツールそのものよりも、「どの情報を、誰が、いつまでに、どこにアップロードするのか」といった運用ルールを明確に定めることでした。このルール策定にあたっては、各部門の担当者を集めたワークショップを繰り返し開催し、現場の意見を反映させながら「これならできる」という現実的なルールを一緒に作り上げていきました。これにより、押し付けではなく、共創のプロセスを経ることで、ルールへの納得感を高めました。
意思決定の遅延に対しては、まず「意思決定マトリクス」を作成し、各判断事項に対して責任者と必要な情報を明確にしました。そして、週次の部門横断ミーティングを設定し、このマトリクスに基づき進捗を確認し、その場で可能な決定はその場で行う、という運用を徹底しました。決定できない場合は、「何が不足しているのか」「誰が、いつまでにそれを用意するのか」を具体的に合意することを必須としました。このプロセスを繰り返すことで、次第に意思決定のスピードが向上していきました。
抵抗勢力に対しては、懸念事項を丁寧に聞き取り、一つずつ解消策を提示しました。「情報公開のリスク」に対しては、アクセス権限の設定や共有範囲のガイドラインを策定。「業務負担増」に対しては、情報共有によって削減できるであろう手戻りや重複作業のコスト削減効果を提示するなど、個別具体的に対応しました。また、情報共有や迅速な意思決定によってプロジェクトがスムーズに進み、実際に成果が出始めた事例を積極的に共有することで、変化への肯定的な空気を作り出していきました。
成果とそこから得られた学び
これらの取り組みの結果、プロジェクト内の情報流通は格段に改善されました。意思決定の遅延は減少し、各部門が互いの状況を理解することで、より建設的な議論が可能になりました。これにより、当初想定していなかった部門間連携による新しいアイデアが生まれるなど、プロジェクトは当初の目的以上に加速しました。
彼が得た最も重要な学びは、「組織の壁はシステムやルールだけでなく、人の意識や文化によって作られている」ということです。システムを導入するだけでは問題は解決せず、地道な対話を通じて課題の共通認識を持ち、共に解決策を作り上げるプロセスが不可欠であると痛感したと言います。また、小さな成功体験を積み重ね、それを組織内で共有することが、大きな変化を生み出すための推進力となることも学びました。
まとめ
組織内の情報サイロや意思決定の遅さは、多くの事業開発担当者が直面する共通の課題です。今回の挑戦者の軌跡は、この見えない壁を打ち破るためには、単なるツール導入やプロセス変更だけでなく、関係者との継続的な対話を通じて共通の課題認識と目標を確立し、共に解決策を構築していく粘り強い働きかけが重要であることを示唆しています。自社の組織に潜む情報サイロや意思決定プロセスの課題を見直し、対話と共創の力で乗り越えていくヒントとなれば幸いです。