挑戦者のアイデア軌跡

『どうせ無理だ』の声にどう向き合うか:収益低迷下の新規事業推進の軌跡

Tags: 新規事業, 組織変革, 抵抗勢力, 社内推進, 困難克服

収益低迷組織における新規事業の立ち上げ

長らく主力事業の収益が緩やかに低下し、組織全体にどこか停滞感と諦めムードが漂う中で、新たな事業の種を見つけ、それを社内で推進していくことは容易ではありません。多くの関係者は既存事業の立て直しに意識が向いており、「どうせ新しいことをやってもうまくいかない」「リソースは既存事業に割くべきだ」といった声が聞こえてくる環境でした。今回は、このような厳しい状況下で、新規事業の推進に挑戦し、組織内の様々な壁を乗り越えて実現へと至った軌跡をご紹介します。

アイデアの背景と目的:危機感から生まれる新たな可能性

私たちのアイデアは、既存事業の延長線上にはない、全く新しい市場領域に向けたものでした。収益低迷の根本原因を分析する中で、既存市場の縮小と顧客ニーズの変化が明らかになり、このままでは企業の存続すら危ぶまれるという強い危機感が起点となりました。

目的は明確でした。一つは、既存事業に依存しない新たな収益の柱を確立すること。もう一つは、挑戦を通じて組織に活力を取り戻し、「やればできる」というマインドセットを再醸成することでした。しかし、このアイデアを形にするには、社内に深く根差した「どうせ無理だ」という諦め、既存事業部門からの抵抗、そして新規性の高い取り組みに対する評価基準の不在といった複数の壁が立ちはだかりました。

直面した具体的な困難と課題:諦め、抵抗、そして不確実性

最初に直面したのは、組織全体に広がる「諦めムード」でした。過去に新規事業で失敗した経験や、長期にわたる収益低迷による疲弊感から、「新しいことを始めても成功するわけがない」「どうせ途中で頓挫する」といった声が公然と、あるいは非公式な場で聞かれました。これにより、アイデアへの協力者を見つけること自体が困難でした。手を挙げても「また失敗プロジェクトに関わるのか」と見られることへの懸念が、特に若手や中堅層に強くありました。

次に大きな壁となったのは、既存事業部門からの抵抗と非協力です。新規事業にリソース(人材、予算、時間)を割くことへの強い拒否反応がありました。「まずは既存事業の立て直しが最優先だ」「新しい事業は時期尚早だ」といった意見が多く、協力どころか、新規事業の動きを牽制するような言動も見られました。彼らにとっては、新規事業は自分たちのパイを奪う可能性のある脅威として映っていたのです。特に、収益が苦しい時期であったため、限られたリソースを巡る争いが激化しました。

さらに、新規事業は既存の評価基準ではその価値を測りづらく、複雑な承認プロセスをクリアすることが非常に困難でした。不確実性の高いプロジェクトに対する投資判断は慎重にならざるを得ず、多くの関係部門(財務、法務、事業部など)からの承認を得るには、膨大な説明資料と度重なる会議が必要でした。その過程で、「本当に儲かるのか」「リスクはどう評価するのか」といった問いに、明確な答えを示すことが求められましたが、前例のない事業であるため、その回答は常に不確実性を伴いました。

困難克服への道のり:小さな一歩と共感の輪

これらの困難に対し、私たちは以下のような戦略と具体的なアクションを取りました。

まず、「諦めムード」を払拭するため、「小さく始めること」と「成功体験の共有」を徹底しました。壮大な計画を語るのではなく、既存リソースの範囲内で実現可能な、ごく小さなプロトタイプ開発や、仮説検証のための限定的な市場調査から着手しました。そして、その過程で得られた小さな成果やポジティブな反応(例:特定の顧客層からの関心)を、社内SNSや週次の報告会などで積極的に共有しました。「こんな反応がありました」「この点はうまくいきそうです」といった具体的な進捗を見せることで、「本当にできるかもしれない」という希望を少しずつ醸成していきました。

また、現場の抱える不満や潜在的なニーズを丁寧にヒアリングし、新規事業アイデアとの関連性を示しました。「今、現場が困っていることは、この新しい事業が解決できる可能性がある」「このアイデアは、既存事業の限界を突破するための新しい武器になる」といった形で、現場の課題解決に貢献する可能性を提示することで、一部の関心層から協力を取り付けていきました。非公式なランチミーティングやコーヒーブレイクなどを活用し、一人ひとりと膝を突き合わせて対話する時間を多く持ちました。

既存事業部門からの抵抗に対しては、「共存共栄」のモデルを提案し、信頼関係の構築に注力しました。新規事業が既存事業を代替するのではなく、補完し、新たな顧客層を獲得することで、組織全体の収益向上に貢献できることをデータや具体的な事例を交えて丁寧に説明しました。特に、新規事業が獲得を目指す顧客層が既存事業のターゲット層とは異なることを明確にし、カニバリゼーションへの懸念を払拭するよう努めました。既存事業部門のキーパーソンとは定期的に情報交換を行い、彼らの懸念を先回りして把握し、解消策を共に考える姿勢を示しました。彼らの意見やアイデアを新規事業の企画に意図的に取り込むことで、「自分たちの事業」だと感じてもらえるように工夫しました。

複雑な承認プロセスを乗り越えるためには、「事前根回し」と「ストーリーによる説得」が非常に重要でした。正式な承認会議の前に、関係部門の責任者やキーパーソンに対し、個別に資料を持参して説明を行い、懸念点を事前に解消しておくようにしました。特に、財務部門や法務部門に対しては、リスク評価やコンプライアンスに関する検討状況を丁寧に報告し、不安を軽減するよう努めました。そして、承認会議の場では、単なる数字やデータだけでなく、「なぜこの事業をやるのか」「この事業を通じて社会にどのような価値を提供したいのか」といった熱意やビジョンを、具体的な顧客のストーリーを交えながら語りかけました。データとストーリーの両面から訴えかけることで、感情的な共感と論理的な納得の両方を得られるように心がけました。また、リスク許容度と撤退基準を明確に設定し、最悪のシナリオでも組織へのダメージを最小限に抑えられることを示すことで、承認側の決断を後押ししました。

成果とそこから得られた学び:挑戦が組織を変える

これらの取り組みの結果、当初は小さな一歩から始まった新規事業のアイデアは、徐々に社内の関心と共感を集め、最終的には正式なプロジェクトとして承認されるに至りました。プロジェクトは現在進行中ですが、既に初期の顧客からは好意的なフィードバックを得ており、社内には以前のような諦めムードは薄れ、新しい挑戦への意欲が生まれ始めています。

この経験から得られた最も重要な学びは、組織を変えるには、まず「人」の心に火をつけることから始めるということです。どんなに優れたアイデアも、それを推進する「人」のエネルギーがなければ形になりません。諦めや抵抗が蔓延する組織では、論理的な正しさだけでは人は動きません。小さな成功を見せ、希望を共有し、共感を醸成することで、「どうせ無理だ」というマインドセットを少しずつ変えていくことが突破口となります。

また、既存事業部門との関係性は、敵対ではなく共存共栄を目指すべきです。彼らの懸念に真摯に耳を傾け、新規事業が組織全体の利益に貢献できることを具体的に示すことが、協力関係を築く鍵となります。そして、承認プロセスは単なる形式ではなく、関係者との信頼構築と非公式なコミュニケーションが成否を分けるということです。多くの関係者を巻き込み、共通の目標に向けて共に歩む姿勢を示すことが重要です。

収益低迷という厳しい環境下での挑戦は、多くの困難を伴いましたが、同時に組織に新たな視点と活力を与える機会ともなりました。この軌跡が、現在組織内の壁に直面しながらも新規事業や変革を目指す方々にとって、何かしらのヒントとなれば幸いです。

まとめ:未来への一歩を踏み出すために

組織の収益が低迷し、社内に諦めや抵抗が広がる状況は、新規事業にとって最も厳しい環境の一つかもしれません。しかし、こうした状況だからこそ、現状維持では立ち行かないという強い動機が生まれ、大胆な発想が受け入れられる可能性も秘めています。重要なのは、「どうせ無理だ」という声に耳を塞ぐのではなく、その背景にある懸念や不安に寄り添い、対話を通じて理解と共感を深めていくことです。そして、小さな成功を積み重ね、関わる人々の心に希望の火を灯し、組織全体の未来を共に創るストーリーを描くことです。この経験が、皆様の挑戦の一助となれば幸いです。